村上信五
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村上信五

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「1996年12月24日、本当はNSC(吉本総合芸能学院)に入りたかったものの、同級生からの薦めでジャニーズ事務所のオーディションを受け、練習生として入所。横山裕と同じオーディションであった。
ジュニア時代は横山裕、渋谷すばると並んで関西ジュニアの中心として活躍。東京での仕事が少ない関西ジュニアの中でも比較的早い段階で東京に呼ばれていたメンバーの1人でもある。
2002年に関西ジュニアのメンバーで関ジャニ∞を結成し、2004年8月25日に関西限定発売の「浪花いろは節」でCDデビュー。「浪花いろは節」は、その後9月22日に全国発売された。
横山と共に司会者的な立場で話を進めていくことが多いため、関ジャニ∞のリーダーは村上であると思われる事が多い。実際のところ関ジャニ∞に正式なリーダーはおらず、渋谷・横山・村上の3人がリーダー的な立場を担っている。
イメージカラーである∞カラーは紫。
2006年12月21・23・24日に大阪松竹座でソロコンサートが公演された。

兄弟は6歳下の弟が1人。
少し垂れた目と、チャームポイントの八重歯が特徴的。
ツッコミ・仕切り担当。ラジオ、テレビなどでは彼の才能が光る。関ジャニ∞のメンバーは基本ボケばかり(特に横山と渋谷)が集まってるため、村上がいなければ暴走しだすであろう、と言われる程である。
しかし普段は、無言でツッコむタイプ。(丸山隆平談)また、カンニングの竹山に、「芸人並みのツッコミ」とほめられたこともある。
声が大きく、「まじでかぁ~!?」とか「あー!!!」などリアクションも大きい。
自他共に認めるポジティブ人間である。あまりにも姿勢が前向きなため、「ファンキー先生」「ポジティブ先生」などという異名をも持つ(愛称の欄参照)。自分のことを"天才"というほどポジティブである。
しかし、気づかぬうちにストレスを溜めるタチらしく、円形脱毛症になったこともある。横山には「あなたストレス溜めるでしょう!」とも見抜かれている。(レコメン!より)
常に社交的な性格で、携帯のメモリー数は650件を超える(本人談)。
サンダルのことを「つっかけ」と言ったり、好きと言う表現を「好いとる」と言うなど、発言が大変昭和的。ラジオでは「村上のおっちゃん」と横山に言われることもある。
普段は関ジャニ∞のまとめ役で頼りになるお兄さん的存在だが、実は大の寂しがりや。
ナインティナインの矢部を心の師匠として慕っていて、よくビデオをみていた。たまにメンバーのことを横山さん、渋谷さんなどと、さん付けで呼ぶのは矢部を意識してのこと。
同い年で誕生日が1日遅いため、妙に嵐の櫻井翔の事をライバル視している。しかし村上の誕生日には櫻井から誕生日メールが届いている。(レコメン!より)
安田の個性的な服装についていけないことがあり、その場合、何の前ぶりもなく勢いよくドツく時がある。
関ジャニ∞の広報担当。(はなまるマーケットより)
事務所の先輩や後輩たちとの交流が多く「ジャニーズ友の会(別名:NO BORDER)」のメンバーでもある。メンバーは山口達也、佐藤アツヒロ、堂本光一、滝沢秀明、松本潤、村上信五、生田斗真、山下智久。
コンサートでのMCの責任を任されていて、2006年度夏の松竹座舞台「ANOTHR'S ANOTHER」のMCの時にメンバーが下ネタで暴走してMCが少し長引いた際に「それくらいにしてくれや、俺が怒られんねん」と言っていた。
先輩だろうが後輩だろうがつっこむときは全員タメ口。
ストレート&素直な性格でモモコのOH!ソレ!み~よ!でも料理がおいしくなかったらはっきりと言ってしまう。悪気は全くない。
いつも周りをよく見ており、レコメン!などにおける横山の暴走にもしっかりフォローを入れる。
常に「しっかり者」のイメージがあるが、突然いきなりやる気をなくしてしまうこともある。あまりにも投げやりな応対に相方をしていた安田章大に「絡みづらい!」と苦情を言われた(聞くジャニ∞)。
中学の頃NSCに入りたかった。

ジャニー喜多川氏に「ジャズをやりたい」と言ったところ、「だめだよ」と即座に断られた事がある。
まだあまり売れていない頃、大阪にあるエキスポランドの急流すべりでチケットもぎりのバイトをしていた。
村上家では食事の時に「いただきマンモス」と言うのが恒例になっており、渋谷や横山はそれを目の当たりにした事がある。
あまり共通点のなさそうな村上と丸山だが、実はかなり仲が良く、毎年二人で旅行に出掛ける。あまりの仲の良さに、横山に「もうデキているのではないか」と散々疑われた。(レコメン!より)
ちなみに、丸山と韓国へ行った際、予約したホテルのツインのベッドが片方がダブルでもう片方がシングルだった。
一緒にお風呂に入った時、錦戸亮や安田章大のゴシゴシタオルを使ってあらゆる所を洗う(錦戸談)。
2006年の誕生日の数日前、タッキーこと滝沢秀明がサプライズパーティをしてくれた。ちなみに滝沢からの誕生日プレゼントはミニーちゃんのぬいぐるみであった。
先輩の国分太一とも非常に仲が良い。太一29歳の誕生日には0時ぴったりにバースデーコールし、翌年は「30歳になる瞬間を一緒に跨ぎましょう」と言って5分ほど前に架け、電話を2台使用して共に時報を聞き、「お前は俺の女か」と太一にツッコまれていた。
コンサートの前には、安田特製の玉ねぎに醤油をかけたものを食べている。のどにいいらしい。
全国ツアーの仙台公演では、横山とツインで同室になり、ルームサービスで頼んだ食べ物を一口ずつあげあうなど、「付き合いたてのカップルみたいだった」(コンサートMCにて横山談)。
中学生の頃に好きだった女の子に告白してフラれ、公園で1時間泣いていた(横山談)。
焼き肉屋に行ったとき、皿の肉を全部入れた渋谷に、「やめろや」っと言った。また、ジャニーさんと焼き肉屋に行ったとき、ジャニーさんも渋谷と同じ焼き方をしていて、ついお説教をしてしまった。(えみちゃんねるにて本人&渋谷談)。
KinKi Kidsの堂本光一からお年玉をずっと待って、2007年にしてやっと貰えた。しかし、貰うときに両手を突き出されて「どっちかを選べ」と言われて、選んだその手の中には千円があって、選ばなかった方の手の中には1万円があった。(本人談)
ちなみにその場に安田も居たらしく、安田はちゃっかり1万円貰っていた。(本人談)
ナイナイの岡村隆史が(めちゃイケの企画内で)SMAPのコンサートでジュニアとして出ていたとき、木村拓哉に「岡村の方が上手いじゃねーか!関西ジュニアだけやってみろ!」と怒られ、カメラが回ってなかったので「マジで怒ってるな」と思ってずっと踊っていた。ちなみにそれはドッキリであり、それ以来SMAPのコンサートで踊るのがトラウマになった(はなまるマーケットより)
レコーディングの時、歌が下手すぎたために(?)機械が故障し、レコーディング中止になった。(なるトモにて本人・横山談)
イメージカラーを決める際の会議に出席できなかったため、メンバーに決められた。」
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